監修 安田亮 公認会計士・税理士・1級FP技能士
賃上げ促進税制は、賃上げや人材育成への投資に積極的な企業が税額控除を受けられる制度です。本記事では、中小企業向け賃上げ促進税制を解説します。
また、2024年度税制改正大綱で、賃上げ促進税制に関する変更が盛り込まれました。改正が施行されると中小企業向け賃上げ促進税制で要件を満たす中小企業は、最大45%の税額控除を受けられ、税負担を軽減しつつ賃上げが可能です。
人材定着や従業員の能力アップに役立てるため、企業の経営者や事業主、人事担当者はぜひ参考にしてください。
目次
- 中小企業向け賃上げ促進税制とは?
- 中小企業向け賃上げ促進税制の対象者は?
- 資本金または出資金、従業員数が一定以下の法人
- 常時使用する従業員数が1,000人以下の個人事業主
- 中小企業等協同組合や出資組合の商工組合など
- 中小企業向け賃上げ促進税制の適用要件
- 通常要件:給与などの支給額が前年度比で1.5%以上増加
- 上乗せ要件1:給与などの支給額が前年度比で2.5%以上増加
- 上乗せ要件2:教育訓練費が前年度比で10%以上増加
- 所得拡大促進税制からの3つの変更点
- ①上乗せ要件を簡素化し、税額控除率を引き上げ
- ②経営力向上要件を廃止
- ③教育訓練費の明細書を保存義務へ変更
- 2024年度の税制改正による変更ポイント
- 1. 控除できなかった金額を最大5年間繰り越しできる措置を新設
- 2. 子育てとの両立・女性活躍支援による控除の上乗せを新設
- 賃上げ促進税制を適用する際の注意点
- 一時的な海外勤務をしていても国内雇用者に含まれる
- 教育訓練費の増加には対象者・範囲が決まっている
- 適用年度と前事業年度の月数が異なる場合は調整する
- まとめ
- 社会保険に関する業務を円滑にする方法
- よくある質問
- 中小企業向け賃上げ促進税制とは?
- 中小企業向け賃上げ促進税制の対象者は?
中小企業向け賃上げ促進税制とは?
賃上げ促進税制は、従業員の賃上げや人材育成への投資に積極的な企業が、所定の税額控除を受けられる制度です。所得拡大促進税制から改正され、要件の簡素化や控除率の引き上げで内容が拡充しました。
大企業向け・中小企業向けで内容が分かれており、中小企業向けの制度では給与などの増加額の一部を法人税・所得税から税額控除できます。
2022年4月1日からスタートしており、適用期間は2022年4月1日~2024年3月31日までに開始する、各事業年度です(個人事業主の場合は2023年・2024年が対象)。
給与などの支給額が前年度より増加すれば、増加額の最大30%を税額控除できます。教育訓練費の増加で上乗せできる要件もあり、控除できる税額は最大40%です。
賃上げ促進制度を活用すれば、負担を抑えながら給与アップや教育訓練の拡充が可能です。
従業員のモチベーション・能力アップにつながり、人材定着や生産性・企業イメージの向上も期待できるでしょう。
中小企業向け賃上げ促進税制の対象者は?
中小企業向け賃上げ促進税制の対象者は、以下の通りです。
中小企業向け賃上げ促進税制の対象者
- 資本金または出資金、従業員数が一定以下の法人
- 常時使用する従業員数が1,000人以下の個人事業主
- 中小企業等協同組合や出資組合の商工組合などの組合組織
以下で、各対象者を詳しく解説します。
資本金または出資金、従業員数が一定以下の法人
青色申告書を提出する法人のうち、いずれかに該当すれば制度対象の中小企業者に含まれます。
制度対象の中小企業者
- 資本金または出資金の金額が1億円以下
- 資本または出資のない法人で、常時使用の従業員数が1,000人以下
ただし、出資金または資本金が1億円以下でも、以下に該当する法人は対象外です。
制度対象外の中小企業者
- 同一の大規模法人から2分の1以上の出資を受けている
- 2つ以上の大規模法人から3分の2以上の出資を受けている
制度を適用する事業年度終了時点で要件を満たしていないと、対象法人に認められません。
常時使用する従業員数が1,000人以下の個人事業主
法人化せずに青色申告書を提出している個人事業主なら、常時使用の従業員数が1,000人以下だと制度の対象者です。
従業員数が1,000人を超えるなら、個人事業主でも制度を適用できません。また、青色申告ではなく白色申告をしている個人事業主も対象外です。
制度を適用する年の12月31日時点で、要件を満たしている必要があります。
中小企業等協同組合や出資組合の商工組合など
一定要件を満たす法人または個人事業主のほか、協同組合なども対象です。対象の協同組合などには、以下の組合組織が挙げられます。
対象者に含まれる協同組合など
- 農業協同組合
- 農業協同組合連合会
- 中小企業等協同組合
- 出資組合である商工組合および商工組合連合会
- 内航海運組合
- 内航海運組合連合会
- 出資組合である生活衛生同業組合
- 漁業協同組合
- 漁業協同組合連合会
- 水産加工業協同組合
- 水産加工業協同組合連合会
- 森林組合
- 森林組合連合会
いずれも、適用を受ける事業年度終了時点で、該当組合の要件を満たしていなければなりません。
中小企業向け賃上げ促進税制の適用要件
適用要件には、通常要件と2つの上乗せ要件が存在します。
中小企業向け賃上げ促進税制の適用要件
- 通常要件:給与などの支給額が前年度比で1.5%以上増加
- 上乗せ要件1:給与などの支給額が前年度比で2.5%以上増加
- 上乗せ要件2:教育訓練費が前年度比で10%以上増加
2つの上乗せ要件は併用でき、併用すれば最大40%の税額控除率です。以下、各要件を解説します。
通常要件:給与などの支給額が前年度比で1.5%以上増加
従業員へ支払う給与などが、前事業年度と比較して1.5%以上増加していると、増加額の15%を税額控除できます。
増加率は以下の計算式で求めます。
(適用年度の雇用者給与等支給額-比較雇用者給与等支給額)÷比較雇用者給与等支給額
比較雇用者給与等支給額は、前事業年度に従業員へ支払った給与などの金額です。
増加率を求める際は、雇用安定助成金以外の「給与等に充てるため他のものから支払を受ける金額」を除いて計算します。
たとえば、業務改善助成金や労働移動支援助成金、キャリアアップ助成金などを受け取っていた場合は、その金額分を差し引いて増加率を計算します。
「給与等に充てるため他のものから支払を受ける金額」に該当する助成金等は、経済産業省の「中小企業向け賃上げ促進税制ご利用ガイドブック」に記載されているので、事前に確認しましょう。
上乗せ要件1:給与などの支給額が前年度比で2.5%以上増加
従業員へ支払う給与などが前事業年度と比較して2.5%以上増加していると、上乗せ要件を適用できます。通常要件の税額控除率15%に、さらに15%が上乗せされ、最大30%の税額控除が可能です。
増加率の求め方や各種上限は、通常要件と変わりません。
上乗せ要件2:教育訓練費が前年度比で10%以上増加
従業員の教育訓練に使う費用が前事業年度より10%以上増加していると、税額控除率をさらに10%上乗せできます。
増加率は以下の計算式で求めます。
(適用年度の教育訓練費 - 比較教育訓練費の額) ÷ 比較教育訓練費の額
ただし教育訓練の対象者や、教育訓練費の範囲に条件があります。
教育訓練の対象者は、法人または個人の国内雇用者です。法人役員や個人事業主自身、入社予定の人物などは対象者に含みません。
また、教育訓練費に含まれる費用の範囲も決まっています。
基本的には外部講師への報酬や外部施設の利用にかかった費用、教育に必要なコンテンツの利用料などが教育訓練費の範囲です。
社内研修で講師役を務めた社員へ対価を支払っていた場合は、教育訓練費に含みません。自社の研修施設にかかる光熱費や維持費、研修施設を取得する際の費用も対象外です。
教育訓練費の明細書を作成し、保存をしなければならない点にも注意しましょう。
所得拡大促進税制からの3つの変更点
現在の賃上げ促進税制は、2022年4月に改正された制度です。以前は2021年4月~2022年3月までに開始する事業年度を対象にした制度があり、所得拡大促進税制と呼ばれていました。
旧制度にあたる所得拡大促進税制からの変更点は、以下の通りです。
所得拡大促進税制からの変更点
- 上乗せ要件を簡素化し、税額控除率を引き上げ
- 経営力向上要件を廃止
- 教育訓練費の明細書を保存義務へ変更
各変更点を詳しく解説します。
1 上乗せ要件を簡素化し、税額控除率を引き上げ
旧制度の所得拡大促進税制では、上乗せ要件で加算される税額控除率は10%、最大25%の税額控除率でした。賃上げ促進税制では、最大40%の税額控除率になっています。
また上乗せ要件の内容も簡素化し、適用しやすくなりました。旧制度の上乗せ要件では、給与等支給額2.5%以上増加と、教育訓練費の増加または経営力向上の証明が必要でした。
賃上げ促進税制では、給与等支給額が2.5%以上増加するだけで控除率が15%上乗せされます。教育訓練費の10%以上増加で控除率が10%加算される上乗せ要件も加わり、併用も可能です。
2 経営力向上要件を廃止
旧制度では控除率の上乗せに、給与等支給額2.5%以上の増加に加え、教育訓練費の増加または経営力向上の証明が必要でした。
経営力向上の証明には、適用年度終了までに経営力向上計画の認定が必要なうえ、経営力向上が確実にできたと証明しなければなりませんでした。
賃上げ促進税制では、経営力向上要件は廃止されています。控除率の上乗せ要件からなくなり、適用を受けるために経営力向上の証明は不要です。
3 教育訓練費の明細書を保存義務へ変更
教育訓練費の増加で上乗せ要件を適用する場合、旧制度では明細書の添付義務がありました。
賃上げ促進税制では、添付義務から保存義務に変更され、税務申告時に明細書を添付する必要はありません。
ただし実施時期・実施内容・受講者・支払証明を明記した明細書の作成・保存が必要です。
2024年度の税制改正による変更ポイント
2024年度の税制改正大綱では、賃上げを行う中小企業を支援する内容が盛り込まれました。
中小企業の賃上げに関して関連する税制改正の主な変更ポイントは以下の2つです。
2024年度税制改正大綱の賃上げ促進税制に関する変更ポイント
- 控除できなかった金額を最大5年間繰り越しできる措置を新設
- 子育てとの両立・女性活躍支援による控除の上乗せを新設
各ポイントの詳細を解説します。
1. 控除できなかった金額を最大5年間繰り越しできる措置を新設
中小企業は赤字の事業者が多い傾向があります。従来の賃上げ促進税制では、赤字の中小企業は減税の効果が得られにくいことから賃上げを実行しにくい状況にありました。
そこで2024年度の税制改正では、賃上げを行った企業が赤字の場合、最大5年間は減税を繰り越しできる措置を導入する方針が示されました。
繰り越し期限内に黒字を達成すれば減税による恩恵を受けられるため、より多くの中小企業に賃上げを促すことにつながるでしょう。
2. 子育てとの両立・女性活躍支援による控除の上乗せを新設
子育てとの両立や女性が活躍できる環境整備を進める企業、具体的にはプラチナくるみんやえるぼし(3段階目)以上の認定を受けている企業に対して、新たに5%の税額控除を設ける措置が新設されます。
従来の制度では中小企業の場合、賃上げ率によって合計控除率は最大40%でしたが、5%の税額控除が追加されることで最大45%まで引き上げられることになります。
賃上げ促進税制を適用する際の注意点
賃上げ促進税制を適用する際の主な注意点は、以下の通りです。
賃上げ促進税制を適用する際の主な注意点
- 一時的な海外勤務をしていても国内雇用者に含まれる
- 教育訓練費の増加には対象者・範囲が決まっている
- 適用年度と前事業年度の月数が異なる場合は調整する
各注意点を詳しく解説します。
一時的な海外勤務をしていても国内雇用者に含まれる
賃上げ促進税制の適用は、国内雇用者へ支払った給与や教育訓練費の増加が要件です。国内雇用者とは、国内にある事業所で作成された賃金台帳に記載された人を指します。
国内の事業所で作成された賃金台帳に名前があり、給与を支給していたなら、海外出張していた従業員も対象者です。
教育訓練費の増加には対象者・範囲が決まっている
教育訓練費の増加で適用できる上乗せ要件では、教育訓練費の対象者と範囲が決まっています。教育訓練を目的に使った費用でも、対象外であれば教育訓練費に含みません。
教育訓練の対象者は、法人または個人の国内雇用者です。以下に該当する人物は、教育訓練の対象者に含みません。
教育訓練の対象者に含まない人物
- 当該法人の役員または個人事業主自身
- 役員を兼務する使用人
- 該当法人の役員や個人事業主の特殊関係者
- 内定者などの入社予定者
役員や個人事業主の特殊関係者とは、以下のいずれかに該当する人物です。
役員や個人事業主の特殊関係者
- 親族
- 事実上婚姻関係と同様の事情にある人物
- 役員・個人事業主から生計の支援を受けている人物
- 「2」または「3」と同一生計の親族
教育訓練費の範囲は、次に該当する費用でなければなりません。
教育訓練費の範囲
- 教育訓練などを法人・個人事業主自身が実施する場合の費用
- 他者に委託して教育訓練などを実施する場合の費用
- 他者が実施する教育訓練などへ参加させる場合の費用
教育訓練が目的でも、以下の費用に該当すれば対象外です。
教育訓練費に含まない費用 - 社員や役員へ支払う教育訓練中の人件費や報奨金
- 教育訓練に関する旅費・交通費・食費・宿泊費・居住費
- 福利厚生など、教育訓練以外を目的に実施する研修などの費用
- 法人・個人事業主自身が所有する施設などにかかる光熱費や維持管理費などの費用
- 法人・個人事業主自身が施設や設備を取得する際の費用
- 教材などの購入・製作にかかる費用
- 教育訓練の直接費用でない大学などへの寄附金や保険料などの支払い
外部講師や外部施設を利用した際の費用は教育訓練費に含みますが、自社施設の利用や講習時の交通費・旅費などは含みません。
適用年度と前事業年度の月数が異なる場合は調整する
決算期の変更や前事業年度が設立初年度だと、適用年度と前事業年度の月数が異なる場合もあるでしょう。
適用年度と前事業年度の月数が異なる場合、同じ期間で比較できないため制度の適用や税額控除の算定時に調整が必要です。月数に応じた調整をするため、比較雇用者給与等支給額を調整して計算します。
【前事業年度の月数が適用年度の月数を超える場合の比較雇用者給与等支給額】
前事業年度の国内雇用者の給与等支給額 × 適用年度の月数 ÷ 前事業年度の月数
前事業年度の月数が適用年度の月数に満たない場合、前事業年度の月数が6月以上なら同じ計算式です。
前事業年度の月数が6月未満の場合、以下のA・Bを使って調整します。
前事業年度の月数が6月未満の場合の調整方法
- A.適用年度の開始の日の前日~過去1年以内に終了した各事業年度の国内雇用者の給与等支給額の合計額
- B.適用年度の月数÷適用年度の開始日の前日~過去1年以内に終了した各事業年度の月数
適用年度が1年未満なら適用年度の期間とし、AとBを掛けて、比較雇用者給与等支給額を調整します。
まとめ
賃上げ促進税制は、賃上げや人材育成に投資した費用が前年度より一定以上増加していると、所定の税額控除が受けられる制度です。
中小企業向けの制度内容は、要件を満たせば最大40%の税額控除が受けられます。制度を活用すれば、人件費の負担を抑えながら従業員の賃上げや教育機会拡大も可能です。
従業員の賃上げや教育機会拡大は人材定着や企業の生産性向上にも繋がります。賃上げ促進税制を活用し、自社の成長機会に活かしましょう。
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よくある質問
中小企業向け賃上げ促進税制とは?
中小企業向け賃上げ促進税制は、要件を満たすと最大40%の税額控除が受けられる制度です。
中小企業向け賃上げ促進税制を詳しく知りたい方は、「中小企業向け賃上げ促進税制とは?」をご覧ください。
中小企業向け賃上げ促進税制の対象者は?
中小企業向け賃上げ促進税制の対象者は、青色申告書を提出する一定規模以下の法人・個人事業主、または協同組合などです。
中小企業向け賃上げ促進税制の対象者を詳しく知りたい方は、「中小企業向け賃上げ促進税制の対象者とは? 」をご覧ください。
監修 安田亮(やすだ りょう) 公認会計士・税理士・1級FP技能士
1987年香川県生まれ、2008年公認会計士試験合格。大手監査法人に勤務し、その後、東証一部上場企業に転職。連結決算・連結納税・税務調査対応などを経験し、2018年に神戸市中央区で独立開業。