監修 松浦絢子 弁護士
精神障害の労災認定は、発病の原因が仕事による強いストレスである場合に限ります。また、すべての精神障害が労災認定されるわけではありません。
さらに、精神障害は、仕事のストレス以外に私生活の出来事や既往歴などさまざまな要因で発病するため、原因を慎重に判断しなければなりません。そのため、スムーズな労災認定は難しいのが状態です。
しかし、2023年9月1日に精神障害の労災認定基準が改正され、より迅速な認定を受けやすくなりました。
本記事では、精神障害による労災認定件数の傾向や労災認定の要件、認定基準の改正内容などを解説します。
目次
- 精神障害の労災認定は難しい?
- 精神障害による労災認定件数の傾向
- 精神障害の労災認定に必要な要件
- 対象疾病を発病していること
- 発病前約6ヶ月の間に業務による強い心理的負荷が認められること
- 業務以外の心理的負荷や個体側要因による発病ではないこと
- 精神障害の労災認定基準の改正内容
- 業務による心理的負荷評価表の見直し
- 精神障害の悪化の業務起因性が認められる範囲を見直し
- 医学意見の収集方法を効率化
- 精神障害の労災を防止する対策方法
- メンタルヘルスに関する社内研修を実施する
- 職場環境を改善する
- 相談窓口を設置する
- 社会保険に関する業務を円滑にする方法
- まとめ
- よくある質問
- 精神障害に関する労災認定件数の傾向は?
- 精神障害に関する労災認定基準の改正ポイントは?
精神障害の労災認定は難しい?
精神障害が労災認定されるのは、その発病の原因が仕事による強いストレスであると認められた場合に限ります。
しかし、精神障害は仕事によるストレス以外に、私生活や既往歴などさまざまな要因で発病する可能性があります。たとえばうつ病になったときに、発病原因が仕事のストレスであるとすぐに判断するのは難しいでしょう。
私生活や既往歴を確認して発病原因を慎重に判断しなければならないため、スムーズな労災認定は難しいのが現状です。
精神障害による労災認定件数の傾向
出典:厚生労働省「精神障害の労災補償状況」
近年、精神障害の労災認定件数が増加傾向にあります。また、令和4年度の労災補償状況のうち精神障害で労災認定された人は710人で、労災の支給決定件数は過去最多を記録しました。
出典:厚生労働省「精神障害の労災補償状況」
発病原因は「パワハラ」であるケースがもっとも多く、人間関係に悩みを抱える人が多いです。
時間外労働時間は「20時間未満」であるケースがもっとも多く、長時間労働による発病は労働基準法により抑制されていると考えられます。
各企業には、労働時間のように数字に表すことが難しく、精神的負担が大きいパワハラを防止するための取り組みが求められています。
精神障害の労災認定に必要な要件
精神障害の労災認定に必要な要件は、下記の3つです。
精神障害の労災認定に必要な要件
● 対象疾病を発病していること● 発病前約6ヶ月の間に業務による強い心理的負荷が認められること
● 業務以外の心理的負荷や個体側要因による発病ではないこと
対象疾病を発病していること
すべての精神障害が労災認定されるわけではありません。労災認定の対象となる疾病は、世界保健機関(WHO)が定めた「国際疾病第10回修正版(ICD‐10)第5章「精神および行動の障害」」に記載されています。
対象疾病には、うつ病などの気分障害や、ストレスによって恐怖や不安を感じる神経症性障害などが含まれています。
発病前約6ヶ月の間に業務による強い心理的負荷が認められること
精神障害が労災認定されるのは、発病前約6ヶ月の間に業務による強い心理的負荷があった場合のみです。心理的負荷は、業務上の出来事の内容によって強・中・弱の三段階で評価されます。
重度の業務上の病気やケガ、仕事量が著しく増加し時間外労働が大幅に増えたなどの特別な出来事があった場合は「強」と判断され、労災認定条件の2つめを満たします。
業務以外の心理的負荷や個体側要因による発病ではないこと
精神障害は仕事によるストレス以外に、私生活や既往歴などさまざまな要因で発病する可能性があります。そのため、業務以外の心理的負荷や個体側要因が発病の原因となっていないかを判断しなければなりません。
業務以外の心理的負荷による発病かどうかに関しては、厚生労働省「精神障害の労災認定」の別表2「業務以外の心理的負荷評価表」を用いて自分や家族の出来事を評価します。
ほかにも、個体側要因として、精神障害の既往歴やアルコール依存状況が発病の原因となっていないかを判断します。
精神障害の労災認定基準の改正内容
精神障害の労災認定基準の改正内容は、下記の3つです。
精神障害の労災認定基準の改正内容
● 業務による心理的負荷評価表の見直し● 精神障害の悪化の業務起因性が認められる範囲を見直し
● 医学意見の収集方法を効率化
業務による心理的負荷評価表の見直し
発病原因とされる出来事の心理的負荷を評価する厚生労働省「精神障害の労災認定」の別表1「心理的負荷評価表」の具体的出来事に、顧客からの嫌がらせなどのカスタマーハラスメントに関する項目が追加されました。
ほかにも、具体的出来事に「感染症などの病気や事故の危険性が高い業務に従事した」という項目が追加されたり、心理的負荷が強・中・弱となる具体例が拡充されたりしました。
精神障害の悪化の業務起因性が認められる範囲を見直し
精神障害の症状が悪化する前の約6ヶ月以内に強い心理的負荷を感じる「特別な出来事」がない場合でも、「業務による強い心理的負荷」が原因で悪化した場合は、業務が原因であると認められることになりました。
医学意見の収集方法を効率化
これまでは、専門医3名の協議により労災認定を決定していましたが、特に困難な事案を除いて1名の意見で決定できるように変更されました。この変更により、労災認定がより迅速に認定されやすくなりました。
精神障害の労災を防止する対策方法
精神障害の労災を防止する対策方法を3つ紹介します。
メンタルヘルスに関する社内研修を実施する
精神障害の発症を防ぐためには、個人がセルフケアをすることが大切です。企業は、労働者がセルフケアを行えるように、メンタルヘルスの正しい知識やストレス解消法などの情報提供をする必要があります。
また、周囲の人が変化に気づけるように、相談しやすい雰囲気づくりや対応方法に関する研修を実施することも大切です。管理監督者や産業保健スタッフ向けの相談対応研修など、必要に応じて外部機関を活用しながら研修を実施しましょう。
メンタルヘルスを詳しく知りたい方は下記の記事をご覧ください。
【関連記事】メンタルヘルス対策とは?企業が行うべき3段階の予防と具体的な取り組み方法
職場環境を改善する
近年は、パワハラが原因で精神障害を発症するケースが多いため、対人関係やハラスメントの悩みを抱えていないか、労働者の声を聞くことが大切です。職場環境の実態を人事部門や経営陣が把握し、働きやすい環境になるように改善していきましょう。
また、人事労務管理システムを導入して、労働時間を適切に把握し、長時間労働を防ぐことも大切です。たとえば、翌日の出勤までに一定時間以上の休息時間を設けるインターバル制度を導入することで、長時間労働を防止できます。
努力義務化されたインターバル制度に関して詳しく知りたい方は、下記の記事をご覧ください。
【関連記事】勤務間インターバル制度とは?努力義務化の背景や導入するメリットを解説
相談窓口を設置する
従業員が悩みを1人で抱え込まないように、相談窓口を設けましょう。設置するだけでなく、相談窓口の存在を社内掲示やパンフレットなどで周知することも大切です。
自分から相談窓口に行く勇気が出ない人もいるため、産業医や保健師との定期的な面談を設けて誰もが相談しやすい環境を整えるのも効果的でしょう。
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まとめ
精神障害が労災認定されるためには、仕事による強いストレスで発症したと認められる必要があります。しかし、精神障害はさまざまな要因で発病する可能性があるため、慎重に判断しなければならず、スムーズな労災認定は難しいのが現状です。
厚生労働省は、社会情勢の変化にあわせて2023年9月1日に労災認定要件を改正し、労災認定がスムーズにできるように取り組んでいます。
企業は、精神障害による労災の請求件数の減少に取り組むことが大切です。社内研修を実施したり、相談窓口を設置したりして、精神障害の発症や悪化を防ぎましょう。
よくある質問
精神障害に関する労災認定件数の傾向は?
精神障害の労災認定件数は増加傾向にあり、発病原因は「パワハラ」であるケースがもっとも多いのが現状です。
労災認定件数の傾向を詳しく知りたい方は「精神障害による労災認定件数の傾向」をご覧ください。
精神障害に関する労災認定基準の改正ポイントは?
精神障害に関する労災認定基準の改正ポイントは以下の3つです。
精神障害の労災認定基準の改正内容
● 業務による心理的負荷評価表の見直し● 精神障害の悪化の業務起因性が認められる範囲を見直し
● 医学意見の収集方法を効率化
監修 松浦絢子(まつうら あやこ) 弁護士
松浦綜合法律事務所代表。京都大学法学部、一橋大学法学研究科法務専攻卒業。東京弁護士会所属(登録番号49705)。法律事務所や大手不動産会社、大手不動産投資顧問会社を経て独立。IT、不動産、相続、金融取引など幅広い相談に対応している。さまざまなメディアにおいて多数の執筆実績がある。