監修 松浦絢子 弁護士
産業競争力強化法は、日本の産業競争力を強化することを目的に制定された法律です。企業の成長支援・規制改革の推進・イノベーションの促進・事業再生の円滑化などについて、措置が講じられています。
2024年9月には改正法が施行され、戦略分野国内生産促進税制、中堅・中小グループ化税制などが新たに盛り込まれました。
本記事では、産業競争力強化法とは何か、具体的な制度、2024年施行の改正法の内容について、それぞれ紹介します。
目次
産業競争力強化法とは
産業競争力強化法は、日本の産業競争力を高めるための法律で、過少投資・過剰規制・過当競争という日本経済の3つの課題を是正する役割を果たすべく、2014年から施行されています。
課題 | 概要 |
---|---|
過少投資 | 1990 年代後半以降のデフレの深刻化、1998 年度以降の金融不安や不良債権問題。そして2008 年のリーマンショック、2011 年の東日本大震災などの影響もあり、民間設備投資の水準が落ち込んでいる |
過剰規制 | 経済成長を阻害するような過剰な規制が存在している状況にあり、必要以上の規制は抑制するバランスが必要と考えられる |
過当競争 | 欧米やアジア各国ではグローバル競争を前提に寡占化が進んでいる一方で、日本では国内企業同士での過当競争が課題となっている |
産業競争力強化法の制度・施策
産業競争力強化法に基づく制度・施策について、経済産業省ウェブサイトでの以下の区分けに沿ってそれぞれ解説するので参考にしてください。
産業競争力強化法の制度・施策
- 経済社会情勢の変化に対応した成長支援
- 規制改革の推進
- 中堅企業の成長支援
- 創業・スタートアップの成長支援
- イノベーションの促進
- 事業再編の促進
- 事業再生の円滑化
- リスクマネー供給の促進
- 技術情報の適切な管理
経済社会情勢の変化に対応した成長支援
経済社会情勢の変化に対応した成長支援として、認定された事業適応計画に従って支援を受けられます。以下の制度を通して、DX化や脱炭素化への適応に取り組めます。
制度 | 概要 |
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DX投資促進税制 | DXの実現に必要なクラウド技術を活用したデジタル関連投資に対し、税額控除(最大5%)または特別償却30%を措置する計画認定制度 |
カーボンニュートラルに向けた投資促進税制 | 産業競争力強化法の計画認定制度に基づく生産工程等の脱炭素化と付加価値向上を両立する設備の導入に対して、最大10%の税額控除(中小企業者等の場合は最大14%)又は50%の特別償却を措置する制度(※) |
戦略分野国内生産促進税制 など | 戦略分野のうち、特に生産段階でのコストが高いことなどの理由から、投資判断が容易ではない分野を対象に、企業の新たな国内投資を引き出すため、生産・販売量に応じた税額控除措置を講じる制度 |
(※)措置対象となる投資額は、500億円までです。控除税額は、DX投資促進税制と合計で法人税額又は所得税額の20%までです。
産業競争力強化法では、産業活動における新陳代謝の活性化を促進するための措置として、事業適応の円滑化を図ることを目的としています。
出典:経済産業省「事業適応計画(産業競争力強化法)」
出典:経済産業省「産業競争力強化法における事業適応計画について」
規制改革の推進
産業競争力強化法に基づく規制改革の推進に関する制度は、以下の通りです。
制度 | 概要 |
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グレーゾーン解消制度 | 現行の規制の適用範囲が不明確な場合に、事業計画に即して、規制適用の有無について回答が受けられる制度 |
プロジェクト型「規制のサンドボックス」 | 期間や参加者を限定したなかで規制の適用を受けずにAI・IoT・ブロックチェーンなどの革新的な技術やビジネスモデルを活用した実証を行い、そのデータを規制の見直しに繋げる制度 |
新事業特例制度 | 新たに事業活動をする事業者が、事業の支障となる規制に対して特例措置を提案し、安全性などの確保を条件に「事業者単位」で規制の特例措置の適用を認める制度 |
債権譲渡における第三者対抗要件の特例 | 新事業活動計画の認定を受けた事業者によって提供される情報システムを利用して、債権の譲渡の通知などがされた場合、確定日付のある証書による通知などとみなす特例制度 |
場所の定めのない株主総会(バーチャルオンリー株主総会) | 一定の要件を満たした上場会社を対象に、インターネットなどでの株主総会の開催を可能とする制度 |
規制改革は、持続的な経済成長のための重要な政策課題です。制度を通じて新たな市場や需要が創出され、経済成長を促すことが期待されています。
出典:経済産業省「グレーゾーン解消制度・プロジェクト型「規制のサンドボックス」・新事業特例制度」
出典:経済産業省 経済産業政策局 産業創造課「産業競争力強化法に基づく事業者単位の規制改革制度について」
出典:経済産業省「債権譲渡の通知等に関する特例に係る新事業活動計画の認定」
出典:経済産業省「場所の定めのない株主総会(バーチャルオンリー株主総会)に関する制度」
中堅企業の成長支援
「中堅企業者」・「特定中堅企業者」が、税制措置などを受けられる制度です。常用従業員数2,000人以下の会社など(中小企業者除く)が「中堅企業者」、特に賃金水準が高く国内投資に積極的な中堅企業者が「特定中堅企業者」と定義されています。
主な支援内容は以下の通りです。
制度 | 概要 |
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中堅・中小グループ化税制 | 特定中堅企業者/中小企業者が、複数回のM&Aを行う場合の税制優遇。株式取得価額の最大100%・10年間、損失準備金として積立可能 |
日本政策金融公庫による大規模・長期の金融支援 | ツーステップローン、特定中堅企業者が事業再編を行う場合の支援 |
知財管理に関するINPITの助成・助言 | 特定中堅企業者が事業再編を行う場合の支援 |
大企業を超える国内売上・投資や給与総額の伸びがありながら、中堅企業の課題に応じた措置が講じられてこなかった背景があり、2024年9月施行の改正法で上記の中堅企業関連措置が盛り込まれています。
出典:経済産業省「新たな事業の創出及び産業への投資を促進するための産業競争力強化法等の一部を改正する法律制度概要(産業競争力強化法関連)」
創業・スタートアップの成長支援
産業競争力強化法に基づく創業・スタートアップの成長支援制度としては、以下が挙げられます。
制度 | 概要 |
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募集新株予約権の機動的な発行(ストックオプション・プール)に関する制度 | 要件を満たすスタートアップを対象に、自社で定める一定の範囲(ストックオプション・プール)でストックオプションの柔軟かつ機動的な発行を可能とする制度 |
国立大学等によるVC等への出資 | 大学発スタートアップなどへ経営上の助言を行うベンチャーキャピタルなどが、計画の認定を受けると、国立大学法人などから出資が受けられるようになる制度 |
ディープテックベンチャーへの民間融資に対する債務保証制度 | ディープテック(大規模研究開発型)スタートアップの量産体制整備への民間金融機関からの融資に対し、独立行政法人中小企業基盤整備機構が債務保証する制度 |
スタートアップ挑戦支援事業 | スタートアップや起業予定の方の戦略立案・事業計画・資金調達・資本政策・顧客開拓・財務・法務などの相談に中小企業基盤整備機構が無料で応える制度 |
創業関連保証 | 個人による創業・会社設立をして事業をする方や、廃業経験のある方などの資金調達を支援する保証制度 |
創業支援等事業計画 | 市区町村が中心となり創業支援などをする事業者と連携して「創業支援等事業計画」を作成した際に、国が認定して自治体単位での支援を推進 |
スタートアップや起業予定者は制度を活用することで出資を受けたり、会社設立のための法律面での相談をしたりすることができます。
出典:経済産業省「産業競争力強化法」
出典:経済産業省「募集新株予約権の機動的な発行(ストックオプション・プール)に関する制度」
出典:経済産業省「国立大学等によるVC等への出資」
出典:経済産業省「ディープテックベンチャーへの民間融資に対する債務保証制度」
出典:独立行政法人 中小企業基盤整備機構「スタートアップ挑戦支援事業」
出典:中小企業庁「創業・ベンチャー支援」
イノベーションの促進
産業競争力強化法に基づくイノベーション促進の制度としては、以下が挙げられます。
制度 | 概要 |
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イノベーション拠点税制(イノベーションボックス税制) | 特許・著作権・AI関連プログラムの著作権から生じるライセンスなどの所得を最大10%所得控除する制度 |
オープンイノベーション促進税制 | 国内の事業会社またはその国内CVCが、スタートアップ企業の株式を一定額以上取得する場合、その株式の取得価格額の25%を所得控除することができる制度 |
ファンドによる海外投資規制の特例 | 投資事業有限責任組合によるグローバルオープンイノベーションへの海外投資について、海外投資比率規制の適用を除外する制度 |
産総研による研究開発施設等の提供 | 企業などの新製品・新サービス開発などの事業活動に利用できるように産業技術総合研究所の研究開発施設を提供する制度 |
研究開発税制 オープンイノベーション型 | 要件を満たすスタートアップと共同・委託試験研究をする場合、共同・委託試験研究費用の25%を税額控除できる制度 |
特定新需要開拓事業活動計画 | 企業・大学などの共同研究開発において、標準化と知的財産を活用した市場創出計画の策定を助言する制度 |
これらの制度では、知的財産の創出において、成長が見込まれる分野への投資を後押しします。
出典:経済産業省「イノベーション拠点税制(イノベーションボックス税制)について」
出典:経済産業省「オープンイノベーション促進税制」
出典:経済産業省「ファンドによる海外投資規制の特例」
出典:経済産業省「産業技術総合研究所が保有する研究開発施設等の利用について」
出典:経済産業省「令和5年4月1日以降の特別試験研究費税額控除制度におけるスタートアップとの共同研究等に係る手続きについて」
出典:経済産業省「特定新需要開拓事業活動計画認定制度」
事業再編の促進
事業再編を促進する制度として、事業再編計画・特別事業再編計画があります。
事業再編計画は、計画認定を受けた事業者が、以下のような税制優遇や金融支援などが受けられる制度です。
制度 | 概要 |
---|---|
税制優遇 | 登録免許税の軽減など |
金融支援 | ツーステップローン、中小企業基盤整備機構による債務保証 |
会社法に関する各種支援措置 | 株対価M&Aやスピンオフでの支援 |
また、特別事業再編計画の制度は、中堅企業・中小企業が、複数の中小企業を子会社化し、グループ一体で成長を遂げる特別事業再編計画に対しての税制優遇や金融支援を講じるもので、2024年9月施行の改正法に基づく制度となります。
出典:経済産業省「事業再編の促進(産業競争力強化法)」
出典:経済産業省「産業競争力強化法における事業再編計画の認定要件と支援措置について」
出典:経済産業省「産業競争力強化法における特別事業再編計画について」
事業再生の円滑化
事業再生の円滑化の制度・取り組みとしては、以下が挙げられます。
制度 | 概要 |
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ADR制度 | 公正・中立な第三者が関与し、債務を負った事業者と債権者間を調整して事業再生を図ろうとする取り組みを円滑化する制度 |
中小企業活性化協議会による事業再生支援の機能強化 | 金融機関・民間専門家・各種支援機関と連携し、収益力改善・経営改善・事業再生・再チャレンジの最大化を支援する取り組み |
ADR(Alternative Dispute Resolution)制度は、経済産業大臣の認定を受けた第三者が関与することで、過大な債務を負った事業者が法的整理手続きによらずに、債権者の協力を得ながら事業再生を図る取り組みを円滑化する制度です。
また、中小企業活性化協議会では、中小企業の私的整理による事業再生支援などのサポートが受けられます。中小企業活性化協議会では、事業再生支援のほか、収益力改善や再チャレンジの支援も行っています。
出典:経済産業省「事業再生ADR制度について」
出典:中小企業庁「中小企業活性化協議会(収益力改善・再生支援・再チャレンジ支援)」
リスクマネー供給の促進
産業競争力強化法に基づく投資基準に沿って、産業革新投資機構(JIC)による投資活動が行われています。産業革新投資機構は、オープンイノベーションを通じた産業競争力の強化と民間投資の拡大のために、2018年9月に発足した官民ファンドです。
出典:株式会社産業革新投資機構「よくあるご質問」
出典:株式会社産業革新投資機構「投資基準」
技術情報の適切な管理
産業競争力強化法に基づく「技術情報管理認証制度」は、国の認定を受けた機関が企業の情報セキュリティ対策を、国の策定した基準に基づいて審査・認証する制度です。企業として認証を受けることで、以下のようなメリットがあります。
企業が技術情報管理認証にを受けるメリット
- 顧客や取引先の信頼につながる
- 国の一部の補助事業の審査の際に加点が受けられる
- 融資(IT活用促進資金)を特別利率で受けられる
認証を取得することで社外へ技術情報の管理体制を示すほか、社内のセキュリティ意識の向上にもつながります。
出典:経済産業省「技術情報管理認証制度」
2024年の産業競争力強化法改正内容について
産業競争力強化法の改正法が2024年5月に可決・成立し、同年 9月に施行されています。高水準の賃上げ、国内投資に潮目の変化が生じていることを背景に、その変化を持続するための措置の実施に向けて、改正が行われました。
改正法では、以下の2つが軸となっています。
産業競争力強化法改正の軸となるポイント
- 戦略的国内投資の拡大
- 国内投資拡大に繋がるイノベーションおよび新陳代謝の促進
戦略的国内投資の拡大
電気自動車など・グリーンスチール・グリーンケミカル・持続可能な航空燃料(SAF)・半導体の分野では、生産・販売の計画の認定を受けた場合に、以下の措置が受けられます。
産業競争力強化法改正の軸となるポイント
- 戦略的国内投資の拡大
- 国内投資拡大に繋がるイノベーションおよび新陳代謝の促進
また、政府の新設する規定のもとで、一定の知的財産を用いていることを確認できた場合には、イノベーション拠点税制による以下の措置が受けられます。
対象知財 | 国内で自ら研究開発して生み出した、特許権及びAI関連ソフトウェアの著作権 |
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対象所得 | 対象知財のライセンス所得及び譲渡所得 |
所得控除 | 30%の所得控除(法人実効税率ベースでは、29.74%を約20%相当まで引き下げ) |
出典:経済産業省「戦略分野国内生産促進税制」
国内投資拡大に繋がるイノベーションおよび新陳代謝の促進
国内投資の拡大に向けて、改正法には以下の3つが盛り込まれています。
国内投資拡大に向けた措置
- 中堅企業関連措置
- スタートアップ企業関連措置
- 企業横断的措置
中堅企業関連措置は、特定中堅企業者への設備投資やM&Aを促進する税制措置です。スタートアップ企業関連については、以下の措置が設定されています。
スタートアップ企業関連措置
- 産業革新投資機構(JIC)が有価証券などを処分する期限を延長(2050年3月末まで)
- NEDOによるディープテック・スタートアップの事業開発活動への補助業務を追加
- LPS(投資事業有限責任組合)の取得可能資産への暗号資産の追加
- ストックオプション・プールの整備
また、改正法では、企業と大学などの共同研究開発に関する、標準化と知的財産を活用した市場創出について計画認定を受けた場合に、以下の機関から助言が受けられます。
企業横断的措置での助言機関
- 独立行政法人工業所有権情報・研修館(INPIT)
- 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)
出典:経済産業省「「新たな事業の創出及び産業への投資を促進するための産業競争力強化法等の一部を改正する法律案」が閣議決定されました」
まとめ
産業競争力強化法は、過少投資・過剰規制・過当競争を解決することを目的に制定された、産業競争力を強化するための法律です。
産業競争力強化法に基づく制度には、企業の成長支援・規制改革の推進・イノベーションの促進・事業再生の円滑化など幅広い角度からの支援制度が含まれています。
2024年9月施行の改正法では、高水準の賃上げ、国内投資を維持するために、戦略的国内投資の拡大、国内投資拡大に繋がるイノベーション・新陳代謝の促進に向けた制度が盛り込まれています。
産業競争力強化法を理解して、制度の活用などに役立てていきましょう。
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よくある質問
産業競争力強化法とはどんな法律?
産業競争力強化法は、過少投資・過剰規制・過当競争という日本経済のゆがみを是正し、産業競争力を強化することを目的に、2014年から施行されています。
詳しくは「産業競争力強化法とは」をご覧ください。
2024年施行の産業競争力強化法の法改正内容は?
30年ぶりの高水準の賃上げ・国内投資という潮目の変化を背景に、戦略的国内投資の拡大、国内投資拡大に繋がるイノベーション・新陳代謝の促進に向けた措置について規定する内容が改正法には盛り込まれています。
詳しくは「2024年の産業競争力強化法改正内容について」をご覧ください。
監修 松浦絢子(まつうら あやこ) 弁護士
松浦綜合法律事務所代表。京都大学法学部、一橋大学法学研究科法務専攻卒業。東京弁護士会所属(登録番号49705)。法律事務所や大手不動産会社、大手不動産投資顧問会社を経て独立。IT、不動産、相続、金融取引など幅広い相談に対応している。さまざまなメディアにおいて多数の執筆実績がある。