監修 安田亮 安田亮公認会計士・税理士事務所
事業承継税制は、事業承継時に大きな負担となる贈与税・相続税の納税猶予を受けられる制度として2009年に創設されました。
事業承継税制が適用されれば、事業を引き継ぐ際に後継者の負担を大きく軽減できるため、事業承継を考えている経営者は、活用を検討したいところです。
ただし、事業承継税制はメリットがある反面デメリットもあるため、しっかりと内容を理解しておく必要があるでしょう。
本記事では事業承継税制の概要や適用要件、メリット・デメリットなどを解説します。
目次
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事業承継税制とは?
事業承継税制は、円滑な事業承継を目的として2009年に創設された制度です。事業承継税制を活用することで、後継者が引き継ぐ会社の株式を生前贈与や相続で取得した際に、贈与税・相続税の納税に関して猶予または免除を受けることができます。
ただし、制度の適用を受けるためには、一定の要件を満たす必要があるため注意しましょう。
なお、当初は法人版のみでしたが、2019年度の税制改正によって個人版事業承継税制(個人事業主用)も創設されました。
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事業承継税制の導入背景
近年、日本では中小企業経営者の高齢化と後継者不在の問題が深刻となっています。
このまま後継者が見つからずに廃業を余儀なくされる中小企業が増えてしまうと、雇用が失われてしまうだけではなく、地域のインフラにも大きな影響を与えることが懸念されています。
また、中小企業の事業承継では、以下の点も大きな課題です。
中小企業の事業承継の課題
- 後継者が承継時にかかる資金を十分に確保できない
- 承継時に発生する多額の贈与税・相続税により経営が締め付けられてしまい、事業承継を円滑に行うことが困難
このような背景のなか、事業承継を円滑に進めるために「経営承継円滑化法」が施行され、4つの柱のうちのひとつとして、事業承継税制が策定されました。
事業承継税制の活用により、中小企業の事業承継でネックとなる部分が解消され、事業承継の促進に繋がることが期待されています。
税制改正による事業承継税制の変更点
事業承継税制は2018年度の税制改正により、特例措置が設けられています。
従来の制度(一般措置)と特例措置の違いは以下の通りです。
一般措置 | 特例措置 | |
特例承継計画の提出 | 不要 | 必要 (2024年3月31日までに提出) |
適用期限 | なし | 2027年12月31日まで |
対象株数 | 総株式数の3分の2まで(最大) | 全株式 |
納税猶予割合 | 贈与:100%、相続:80% | 贈与・相続とも100% |
後継者 | 筆頭株主である後継経営者1人のみ | 持ち株10%以上の後継経営者3人まで |
雇用確保要件 | 承継後、5年平均で8割の雇用維持 | 実質撤廃 |
事業継続が困難な事由が生じた場合の免除 | なし | あり |
新たに創設された特例措置では、従来の一般措置より納税猶予割合が優遇されている点が特徴です。
一般措置と特例措置の大きな違い
- 対象株式数の上限(3分の2)を撤廃し全株式を適用可能とする
- 「贈与100%、相続80%」であった納税猶予割合を「贈与、相続ともに100%」とする
また、事業承継税制の適用を受け続けるための雇用確保要件が実質撤廃となり、一般措置より利用しやすい制度になりました。
事業承継税制の適用要件
事業承継税制の適用を受けるためには、経営承継円滑化法の認定を受けることが前提です。経営承継円滑化法の認定を受けるためには、以下の適用要件を満たす必要があるので、確認しておきましょう。
対象 | 要件 |
会社 |
・中小企業であること ・従業員1名以上であること ・上場会社・風俗営業会社でないこと ・資産管理会社に該当しないこと(一定の要件を満たすものを除く) |
先代経営者 |
・会社の代表取締役であったこと ・相続・贈与時に、親族で自社株式の過半数以上を保有し、かつ、後継者を除いたこれらの者の中で筆頭株主であったこと ・贈与時に代表ではないこと(贈与の場合) |
後継者 |
・相続・贈与時に後継者と親族で自社株式の過半数以上を保有し、親族の中で筆頭株主になること ・贈与または相続開始の時において、後継者の有する議決権数が、次のイ又はロに該当すること(特例措置) ・イ 後継者が1人の場合 ・後継者と特別の関係がある者(他の後継者を除きます。)の中で最も多くの議決権数を保有することとなること ・ロ 後継者が2人又は3人の場合 ・総議決権数の10%以上の議決権数を保有し、かつ、後継者と特別の関係がある者(他の後継者を除きます。)の中で最も多くの議決権数を保有することとなること ・贈与時において会社の代表権を有していること(贈与の場合) ・18歳以上かつ、贈与時まで役員を3年以上務めていること(贈与の場合) ・相続直前に役員であることかつ、相続してから5ヶ月後に代表であること(相続の場合) |
また、事業承継税制が適用されるためには、上記のほかに、納税が猶予される贈与税額および利子税の額に見合う担保を税務署に提供する必要があります。
事業承継税制の適用には特例承継計画の提出が必要
新たに創設された特例措置の認定を受けるためには「特例承継計画」を策定し、2024年3月31日までに各都道府県知事に提出して、認定を受けなければいけません。
特例承継計画には、会社を承継するまでの運営や、承継後5年間の事業計画などを記載する必要があるほか、認定経営革新等支援機関(商工会・金融機関・税理士・弁護士など)による所見の記載も必要です。
特例承継計画の提出には期限があるため、早めに準備する必要があります。
事業承継税制を活用するメリット
事業承継税制は、円滑な事業承継を実施できるさまざまなメリットがあります。事業承継税制を活用する主なメリットは以下の通りです。
事業承継税制を活用するメリット
- 特例措置では全株式を対象に納税猶予割合が100%となる
- 後継者から次の後継者への事業承継で納税が免除される
特例措置では全株式を対象に納税猶予割合が100%となる
一般措置でも大きなメリットのある事業承継税制ですが、要件を満たして特例措置が適用されれば、事業承継時の全株式に対して贈与税・相続税の納税猶予割合が100%になります。
中小企業であっても、事業を承継する際は贈与税・相続税が多額になるケースが多いです。100%の納税猶予を受けられれば、後継者の承継時にかかわる資金負担を大幅に軽減できます。
後継者から次の後継者への事業承継で納税が免除される
先代経営者から後継者への承継は納税の猶予になりますが、以下のケースでは贈与税・相続税が免除されます。
贈与税の猶予が免除される場合 | 相続税が免除される場合 |
・先代経営者が死亡した場合 ・後継者が死亡した場合 ・後継者が次世代の後継者へ贈与した場合 |
・事業承継した相続人が死亡した場合 ・事業承継した相続人が次世代の後継者へ事業承継税制による贈与をした場合 |
特に、後継者から次世代への承継によって猶予された税額が免除される点は大きなメリットです。本来は事業を承継するたびに贈与税・相続税の納税義務を負うことになります。
しかし、事業承継税制を活用すれば、事業が継続する限り贈与税・相続税を支払う必要がありません。
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事業承継税制のデメリット
事業承継税制は、適用されれば大きなメリットがある反面、以下のようなデメリットもあります。
事業承継税制のデメリット
- 特例措置には期限がある
- 都道府県や税務署への報告を含めた取り消し事由に注意が必要
- M&Aによる売却が難しくなる
特例措置には期限がある
税金面の優遇が大きい特例措置は、以下のように期限が決まっています。
特例措置が適用される期限
- 2024年3月31日までに特例承継計画の提出・認定
- 2027年12月31日までに贈与または相続の実行
期限までに特例承継計画を提出できない場合や、特例承継計画を提出しても期限までに贈与・相続ができない場合は、一般措置となる点に注意が必要です。
一般措置でも、通常に比べて十分な税制面の優遇を受けることは可能です。しかし、事業承継税制を最大限活用したいのであれば、特例措置の適用を受けるため早めにロードマップを考えておく必要があるでしょう。
都道府県や税務署への報告を含めた取り消し事由に注意が必要
事業承継税制は、適用されて終わりではありません。適用後も満たさなくてはいけないさまざまな要件があります。
代表的な要件としては、適用後、以下のように都道府県や税務署への報告が必要なことです。
適用後の報告義務
- 適用後5年間は都道府県庁へ「年次報告書」、税務署へ「継続届出書」)を(都道府県に提出した「年次報告書」を添付して)毎年提出
- 6年目以降も3年に一度、税務署へ「継続届出書」の提出が必要
上記を含めた取り消し事由に該当してしまうと、納税猶予が取り消しになる可能性があります。
万が一、事業承継税制の認定が取り消しとなった場合、猶予されていた全額または一部の贈与税・相続税に利子税を上乗せして納付しなくてはいけません。
適用後も要件を確認し、細心の注意を払わなければいけないため、手間がかかる点は事業承継税制の大きなデメリットです。
M&Aによる売却が難しくなる
事業承継税制は、基本的に親族内承継(子どもや親戚など)を想定して策定された制度です。そのため、適用後に株式譲渡を行うと、適用が取り消しになり、猶予されていた贈与税・相続税に加えて利子を支払わなければいけません。
事業の売却によって納税額以上の利益を得られるのであれば問題ありませんが、当時より株価が下がるなど評価が低い場合は、負担が生じてしまう点に注意が必要です。
なお、適用後5年経過後であれば減税措置が適用され、売却時の価額で納税額を再計算されるため、負担は軽減できます。
しかし、企業としてEXITが限定されてしまう点はデメリットといえるでしょう。
事業承継税制を活用する際のポイント
相続税は対象の株式だけでなく、株式を含めたすべての資産を対象に、累進課税となるため、財産総額が多いほど税率も高くなります。
事業承継税制は、事業承継時の納税猶予を受けられるメリットがあるものの、適用が取り消しになるリスクもあります。
適用が取り消しになってしまうと、猶予されていた税額を支払わなくてはいけないため、万が一のことを考慮しておくことが大切です。
したがって、事業承継税制を使うときは、退職金を支給するなど株価の低くなったタイミングがよいとされています。
ただし、株価が低すぎるとメリットより手間のほうが大きくなってしまう可能性もあります。事業承継税制を使うときは、事業承継に強い税理士などの専門家と相談しながら進めることも検討しましょう。
まとめ
事業承継税制は、事業を後継者に引き継ぐ際に、一定の要件を満たすことで贈与税・相続税の納税猶予または免除を受けられる制度です。
事業承継時の納税負担を軽減できる点が最大のメリットですが、一方で適用後も満たさなければいけない要件が多数あり、M&Aが難しくなるなどのデメリットもあります。
事業承継税制を活用する際は、内容をしっかりと把握したうえで、自社にとってメリットとデメリットのどちらが大きいかを考慮することが大切です。
事業承継税制の活用には専門的な知識が必要になるため、制度に強い税理士などの専門家と相談しながら進めるようにしましょう。
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よくある質問
事業承継税制とは?
事業承継税制は、会社の後継者が先代経営者などから引き継ぐ株式を生前贈与や相続で取得した際に、一定の要件を満たすことで贈与税・相続税の納税の猶予または免除を受けることができる制度です。
事業承継税制の概要を詳しく知りたい方は「事業承継税制とは?」をご覧ください。
事業承継税制の適用要件は?
事業承継税制の適用を受けるためには、前提として経営承継円滑化法の認定を受ける必要があります。また、特例措置を受けるためには、期限内に特例承継計画も各都道府県知事に提出しなければいけません。
事業承継税制の適用要件を詳しく知りたい方は「事業承継税制の適用要件」をご覧ください。
監修 安田 亮(やすだ りょう)
1987年香川県生まれ、2008年公認会計士試験合格。大手監査法人に勤務し、その後、東証一部上場企業に転職。連結決算・連結納税・税務調査対応などを経験し、2018年に神戸市中央区で独立開業。