人事労務の基礎知識

働き方改革で残業時間はどう変わる?労務管理で求められる対応

働き方改革で残業時間はどう変わる?労務管理で求められる対応

2018年6月に成立した働き方改革法には「残業時間の上限規制」が主要な法改正項目の1つとして盛り込まれました。残業時間の上限規制とは、従来は実質青天井だった残業時間数に、過重労働防止の観点から罰則付きの絶対的な上限が設けられたという法改正です。この記事では、具体的に何が変わるのか、労働時間管理の実務にどのような影響があるのかを解説します。 [執筆:榊 裕葵(社会保険労務士)]

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働き方改革法で残業時間の上限規制はどう変わる?

働き方改革法以前は実質残業時間は青天井だった

法改正前のルールでも、36協定を結ばずに従業員に残業をさせることはもちろん違法でした。しかし、36協定で定める残業時間数には上限規制が無かったのです。

正確に言うと、厚生労働省の告示として延長できる上限時間数の実務上の目安はありましたが、告示には法的強制力が無いので、企業は従わないことも可能でした。これが、法改正前は残業時間数が青天井だったと言われる理由です。

働き方改革法によって法的強制力が増し、罰則付きに

法改正後は、元々法的拘束力がなかった厚生労働省の告示が法的基準に格上げされ、従わない場合は、「6か月以下の懲役または30万円以下の罰金」という罰則も課されることになりました。

ここで、法的基準に格上げされた、残業時間数の上限を確認しておきましょう。下表にまとめてみました。

期間時間外労働上限1年変形適用の場合の上限
1ヶ月45時間42時間
1年360時間320時間

なお、「告示」では1週間単位の上限や3ヶ月単位の上限など細かく目安が定められていましたが、法的基準として採用されたのは1ヶ月単位と1年単位の2つです。

繁忙期がある場合は特別条項で対応することも可能

ただし、繁忙期にはどうしても、上記法的上限時間数を守り切れないということも出てくると思います。そのような場合は36協定に「特別条項」を定めておくと、年間6回までは上記時間数を超えて時間外労働を行わせることができます。

特別条項を定めた場合でも、残業時間数はもちろん青天井ではなく、延長できる時間外労働時間数は、以下の3つの条件を満たすようにしなければなりません。

①1年間の上限は720時間以内(休日労働を除いて)
②複数月(2~6か月)を平均して常に80時間以内(休日労働を含めて)
③単月の上限は100時間未満(休日労働を含めて)

残業時間の管理方法も変わる

残業時間の管理方法についても働き方改革法のよる法改正があることに注意が必要です。

労働安全衛生法の改正により、企業には「労働時間の客観的な方法による管理義務」が課せられることとなりました。法改正前後の比較表として下図を作成しましたのでご確認ください。

法改正前法改正後
労働時間の管理義務
そのもの
一応法的義務だが根拠が曖昧だった明確に法的義務とされた
客観的に労働時間を
管理する義務
推奨(厚生労働省の告示レベル)法的義務(左記厚生労働省の告示を法的義務に格上げ)
労働時間管理の目的主に残業代の払い漏れの防止など給与計算の側面左記に加え、従業員の健康管理の目的も追加
労働時間把握の対象一般社員を想定管理監督者、裁量労働制の対象者も含めた全従業員(ただし高度プロフェッショナル制度対象者は除く

このように、従来は曖昧な部分が少なからずあった企業の労働時間管理義務が明確化されました。

出勤簿に押印をするだけの勤怠管理や、不適切な自己申告制によって、社員の過重労働や過労死の危険が見落とされることを防ぐため、「労働時間の客観的な方法による管理義務」が定められたのです。

ここで読者の皆様にもイメージして頂きたいのですが、36協定で定められた上限時間数を超えて従業員に残業をさせることはもちろん違法であるものの、それ以上に悪質なのは、不正確な記録により残業をした事実が闇に葬られてしまうことです。

せっかく36協定に罰則付きの上限時間数を定めて従業員の過重労働を防ごうとしても、正確な労働時間管理ができていなければ、どんなに立派な36協定があったとしても「絵に描いた餅」になってしまいます。

だからこそ、労働時間を「客観的な方法」、すなわち、職場の入退場の記録やパソコンのオンオフなどで記録して正確に把握し、それに基づいて残業時間数も管理していかなければならないのです。

残業上限規制・労働時間管理の対象企業と施行日

働き方改革法は日本で事業を営む全ての企業が対象になりますが、大企業と中小企業で施行時期が異なる場合があります。

まず、働き方改革法でいう、大企業と中小企業の定義を確認しておきましょう。下表における中小企業に該当しない場合が大企業になると理解してください。

中小企業の定義
出典:厚生労働省京都労働局「働き方改革関連法の主な内容と施行時期」より抜粋


以上を踏まえた上で、実施時期の話に進んでいきますが、まず、残業時間の上限規制に関しては、大企業と中小企業で施行日が異なります。大企業は2019年4月1日から、中小企業は2020年4月1日から施行です。

次に、労働時間の客観的な方法による管理義務ですが、こちらは企業規模を問わず2019年4月1日から施行となりますので、企業規模を問わず早急に対応が必要となることに注意してください。

企業の労務担当者に求められる対応

働き方改革法による残業時間の上限規制や、労働時間の客観的な方法による管理義務に対し、企業はどのように対応をしていけば良いのでしょうか。本稿では主に中小企業の視点に立って対応策を論じることとします。

残業上限を超えないための業務効率化

まず、残業時間の上限規制への対応を考えましょう。中小企業は使える人件費が大企業ほど潤沢はなく、また、人手不足による「売り手市場」も続いていますので、新規採用による負荷分散という選択肢は取りにくいと思います。ですから、「効率化」というアプローチが中心になってくるでしょう。

この点、効率化において、まずは手を付けやすいのはバックオフィス周りです。より具体的に言えば、記帳や経費精算、給与計算などのことです。これらはどのような業種の企業にも共通して発生する業務で、定型化もしやすいです。

手書きの伝票を作成して経費精算を経理担当者に依頼していたのを、領収書を撮影してクラウド会計ソフトのアプリを経由して申請するとか、紙で配布していた給与明細をWeb給与明細に変更するとか、そういった小さな改善の積み重ねでも、バックオフィス業務はかなり効率化されます。

バックオフィス効率化に成功すれば、その成功体験を社内の他部署へ水平展開したり、バックオフィス担当者の手が空いたので他部署を手伝えるようになったりします。ですから、まずはバックオフィスを起点とした効率化のロードマップを描いてみてはいかがでしょうか?

残業時間を可視化する

労働時間の客観的な方法による管理義務に関しても対処が必要です。使用者が現認して1人1人の出社・退社を記録するというのは現実的に不可能ですから、やはり何らかの勤怠管理用のITツールを使うことになるでしょう。

事務職であればパソコンの電源のオンオフに対応した勤怠管理システム、直行直帰の多い営業職であればGPS機能付きのスマホアプリによる打刻といったように、その企業の事業内容や部署の職務に応じて、最も客観性が担保できると考えられるツールを導入すべきでしょう。とくに、クラウド型のツールであれば、人数比例で課金され、1IDのコストは数百円ですから、中小企業でも手を出しやすいと思います。

もちろん、ITツールを経由して打刻された数字を「正」としつつも、不正な打刻が行われていないか管理者がチェックしたり、既に打刻がされれいるのに会社に残っている人がいたら業務なのか私用なのか声をかけて確認したりして、ITツールに任せっきりにしないことも必要です。

まとめ

働き方改革に対応するため、残業時間の上限を超えないよう効率化を図ったり、勤怠管理の手法を見直したりすることは、確かに企業にとって負担は小さいものではないでしょう。しかし、法改正に対応したその先には、従業員が働きやすい職場環境やワークライフバランスの実現があるというところにまで想いを馳せれば、前向きに取り組んでいく気力が湧いてくるのではないでしょうか。

執筆: 榊 裕葵(社会保険労務士)

こんにちは。ポライト社会保険労務士法人マネージング・パートナーの榊です。当社は人事労務freeeをはじめ、HRテクノロジーの導入支援・運用支援に強みを持っています。ITやクラウドを活用した業務効率化や、働き方改革法対応は当社にお任せください。

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