監修 前田 昂平(まえだ こうへい) 公認会計士・税理士
IPO(株式上場)にあたっては、長期間にわたってさまざまな準備が必要です。これらをまとめて、IPO準備と呼びます。
本記事では、IPOまでに必要なことを流れで紹介します。IPOまでのスケジュールとタスク、対応すべき時期の目安、準備にかかる費用を解説します。
目次
IPO(株式上場)準備とは
本来、IPOは「Initial Public Offering」の略で、「新規上場株式」「新規公開株式」などと訳される用語です。ただし一般的には、IPOは会社の代表取締役や役員の保有する株式を一般に公開し、投資家が自由に譲渡・取得できるように証券取引所に上場すること、すなわち「株式上場」を指す用語として使われるケースが多くあります。
よってIPO準備とは、株式上場にあたって行うべき対応や手続きなどを指します。
上場した企業の株式を売買する証券取引所は、札幌、東京、名古屋、福岡の4ヶ所あり、証券取引所ごとに企業規模にあわせて複数の市場にわけられています。
たとえば、最も多くの株式を扱っている東京証券取引所では、市場が、規模・収益の大きい順に「プライム」「スタンダード」「グロース」の3つに分類されています。
それぞれの市場には上場基準、上場後の維持基準が設定されており、上場を目指す会社はこれらを満たす必要があります。東京証券取引所の場合、新規上場の会社は、グロース市場への参入からスタートするケースが一般的です。
上場後は外部の投資家によって会社の株式を売買される状況になるため、会社には持続的な利益の創出と、経営状況の開示が求められるようになります。将来を見据えて、会社は上場前に内部統制や事業基盤を整える必要があり、そのための準備をしなくてはいけません。
つまりIPO準備は、上場基準を満たすだけでなく、上場後の会社運営まで考えた準備が求められます。
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IPO準備で経理担当者に求められる役割
IPO準備では、経理担当者が対応すべき業務が多くあります。第一に、上場するにあたっては金融商品取引法で求められる会計基準の適用が必要です。
また、監査法人からの2期分の監査証明を得るための監査にも対応する必要があります。そのため、経理担当者には上場会社に見合う高度で専門的な知識が求められます。
IPOまでのスケジュールとタスク
IPOまでの具体的なスケジュールとタスクについて解説します。
直前々期以前(申請の3~4年前)
IPOの直前々期以前には主に次のようなタスクがあります。対応目安は上場申請の3~4年前です。
直前々期以前の主なタスク
- IPOコンサルタントの選定
- 主幹事証券会社の選定
- 事業計画の策定
- 監査法人等によるショートレビュー(予備調査・短期調査)の実施
それぞれのタスクについて詳しく説明します。
IPOコンサルタントの選定
IPOの意思決定は3年以上前であることが理想的で、その際にIPOに関して相談できるコンサルタントを選定するのが望ましいでしょう。
これらとあわせて、監査などの受け入れ対応ができる人材を社内で確保し、会社規模に応じて適切な管理体制を構築する必要もあります。
主幹事証券会社の選定
主幹事証券会社とは、上場を希望する企業をIPO準備から上場後までサポートする証券会社のことです。主幹事証券会社の選定も、この段階で行っておくのが理想的です。
主幹事証券会社は、資本政策や社内体制整備のアドバイス、上場にあたっての手続きのサポートや公募・売出し等を引き受けるための主幹事証券審査(引受審査)などを担います。また、上場申請の日程や手続きを管理し、証券取引所との折衝を行う重要な役割を担うため、慎重に検討しましょう。
事業計画・資本政策の策定
事業計画は、投資家やベンチャーキャピタルから資金調達する際、また、証券会社や証券取引所の上場審査を受ける際に必要になります。売上や利益などの、単年度から中長期の計画を立て、そのための事業戦略や販売計画、人員計画などを策定します。
これと同時に、上場準備期間から上場後までの資本政策も策定する必要があります。
資本政策は、事業計画を達成するための資金調達および株主構成計画のことで、持株比率や資金調達などについて詳しく決めるものです。
監査法人等によるショートレビュー(予備調査・短期調査)の実施
監査法人等によるショートレビュー(予備調査・短期調査)を受け、課題抽出を実施します。ここで抽出した課題は、監査法人等によるフォローアップのもと、優先順位をつけて順次改善を行います。
直前々期(申請の2年前)
続いて直前々期のタスクを説明します。主なタスクは次のとおりで、対応目安は上場申請の2年前です。
直前々期の主なタスク
- 監査法人による会計監査対応の開始
- 内部統制報告制度の対応の整備
- 上場申請書類の準備
それぞれのタスクについて詳しく説明します。
監査法人による会計監査
上場の申請にあたっては、監査法人が作成する監査証明書(過去二期分の監査証明書と申請期における四半期レビュー報告書)を提出しなければならないため、監査法人を選定して会計監査を受ける必要があります。
内部統制報告制度の整備
上場後は事業年度ごとに内部統制報告書の提出が求められます。それにともない、内部統制報告制度(J-SOX)の整備を進めていく必要があります。
上場申請書類の準備
主幹事証券会社とともに、証券取引所に提出する上場申請書類の準備を進めます。
特に「新規上場申請のための有価証券報告書(Ⅰの部)」と「新規上場申請のための有価証券報告書(Ⅱの部)」は作成に時間がかかるため、早期から計画的に進めていくのが望ましいでしょう。なお、プライム市場とスタンダード市場においては、Ⅱの部の提出が求められますが、グロース市場では「新規上場申請者に係る各種説明資料」の提出が求められます。
直前期(申請の1年前)
次に直前期のタスクを説明します。主なタスクは次のとおりで、対応目安は上場申請の1年前です。
直前期の主なタスク
- 経営管理体制の構築・運用
- 証券印刷会社の選定
- 主幹事証券会社による中間審査
それぞれのタスクについて詳しく説明します。
経営管理体制の構築・運用
証券審査までには一定の運用実績が求められるため、直前期は、上場会社と同等の管理体制を構築しておき、期首から運用をスタートするのが望ましいといえます。
具体的な対応には、管理部門内の体制構築や内部統制フローの構築、監査役会もしくは監査等委員会の設置、内部監査体制の構築、リスクコンプライアンス委員会の設置などが挙げられます。
あらかじめ上場企業と同様の運用をすることで、上場審査におけるリスクを早期発見できるというメリットがあります。
証券印刷会社の選定
上場申請書類の作成を進めるにあたって、証券印刷会社を選定します。印刷会社からは、申請書類のⅠの部をはじめ、上場時の申請書類や上場後の有価証券報告書などの開示書類を作成するサービスを提供してもらえます。
証券印刷会社はトップシェアの2社(宝印刷株式会社、株式会社プロネクサス)のうち、いずれかに決定するのが一般的です。なお、株券は電子化されているため現在は印刷が不要になっています。
主幹事証券会社による中間審査
申請期に行われる主幹事証券会社の引受審査と証券取引所の上場審査に先立って、主幹事証券会社による中間審査が始まります。このとき、場合によっては事業計画や資金政策の見直しが必要になります。
申請期
最後に申請期のタスクを説明します。主なタスクは次のとおりです。
直前期の主なタスク
- 主幹事証券会社による引受審査
- 証券取引所への上場申請
それぞれのタスクについて詳しく説明します。
主幹事証券会社による引受審査
主幹事証券会社による引受審査は、上場申請に先立って実施されます。これにより、事業の健全性や経営管理体制、内部統制などが精査されます。
上場後は、幹事証券会社等が株式公募の引受を担います。主幹事証券会社による引受審査には、会社の事業やガバナンスについて最終確認する目的があり、上場審査で承認されるためのアドバイスが受けられます。
証券取引所への上場申請
証券取引所に申請を行うと、上場審査が行われます。証券取引所による審査は通常2~3ヶ月で、上場承認がおりるとIPOを達成できます。
IPOにあたって株式の公募・売出しを行う場合は、有価証券届出書の作成が必要です。
IPO準備にかかる費用
東京証券取引所に申請を行う場合、IPO準備にかかる主な費用は以下のとおりです。
項目 | 費用の目安 |
---|---|
監査法人のショートレビュー費用 | 150~400万円 |
監査費用 | 1,000~2,000万円 |
上場審査料 | 200~400万円 |
上場手数料 | 100~1,500万円 |
年間上場料 | 48~456万円 |
証券会社などの引受手数料 | 公募価格×株式数×手数料率(5~7%) |
IPOに関するコンサルティング費用 | 500~2,000万円 |
有価証券届出書作成 | 100万円 |
株式事務代行費用 | 400万円 |
主な費用について、詳しく解説します。
監査法人のショートレビュー費用
前述のとおり、IPO準備の段階で監査法人にショートレビューを依頼する必要があり、150~400万円ほどの費用がかかります。費用は、調査範囲や工数によって変動します。
監査費用
IPO準備においては、監査法人による会計監査を実施し、会計処理が適切に行われているかの指導やアドバイスを受ける必要があります。特に上場申請までの直近2期においては決算時の監査証明が必要です。
監査にかかる費用も、業務範囲や工数によって変動します。具体的には財務数値(売上高、各種利益、総資産等)、業種、連結会社の有無、子会社数、拠点数、人員数などが指標となり、費用相場も1,000~2,000万円と大きく幅があります。
上場審査料
上場申請時には上場審査料を支払う必要があります。東京証券取引所の場合、市場区分によって以下の費用が設定されています。
市場区分 | 上場審査料 |
---|---|
プライム市場 | 400万円 |
スタンダード市場 | 300万円 |
グロース市場 | 200万円 |
上場手数料
新規上場の場合、上場審査料と同時に上場手数料が発生します。上場審査料と同様、市場区分によって以下のように費用が設定されています。
市場区分 | 上場審査料 |
---|---|
プライム市場 | 1,500万円 |
スタンダード市場 | 800万円 |
グロース市場 | 100万円 |
年間上場料
上場企業は年間上場料を支払う必要があります。費用は、市場区分と上場時価総額によって異なります。
上場時価総額 | プライム市場 | スタンダード市場 | グロース市場 |
---|---|---|---|
50億円以下の場合 | 96万円 | 72万円 | 48万円 |
50億円より大きく 250億円以下の場合 | 168万円 | 144万円 | 120万円 |
250億円より大きく 500億円以下の場合 | 240万円 | 216万円 | 192万円 |
500億円より大きく 2500億円以下の場合 | 312万円 | 288万円 | 264万円 |
2500億円より大きく5000億円以下の場合 | 384万円 | 360万円 | 336万円 |
5000億円より大きい場合 | 456万円 | 432万円 | 408万円 |
証券会社などの引受手数料
一般的に、IPOによって株式の公募を行う場合、主幹事証券会社をはじめとする複数の証券会社に、発行する株式を買い取ってもらうことになります。
これを株式の「引受」といい、このときに、証券会社に対して引受手数料を支払う必要があります。引受手数料の相場は、公募総額の5~7%程度です。
IPOに関するコンサルティング費用
IPOにあたって、主幹事証券会社とは別に、上場手続きに関わることを相談できるコンサルタントにコンサルティングを依頼する場合はその費用がかかります。
具体的には、主幹事証券会社からの助言とは別にセカンドオピニオンを求めるケースや、監査に向けた内部統制の整備などに助言をもらうケースなどがあります。
費用はコンサルタントや依頼内容によって異なりますが、500~2,000万円が相場です。
有価証券届出書作成
前述のとおり、上場申請書類の作成は専門的な対応が必要なことから、証券印刷会社に依頼する必要があります。その際の費用の相場は100万円程度です。
株式事務代行費用
上場会社は、会社法により名義書換代理人として株式事務代行機関の設置が義務付けられているため、証券取引所の指定する信託銀行もしくは証券代行会社と契約する必要があります。
株式事務代行機関は、株主名簿の作成等の受託、株主総会における議決権や株式配当等の株主に付与される権利の処理などを担当します。
企業規模によって費用は大きく異なりますが、ベンチャー企業であれば、年間400万円程度が相場です。
東京証券取引所が指定する株式事務代行機関は、以下のとおりです(2022年9月1日現在)。
まとめ
IPO(株式上場)にあたっては、長期間にわたりさまざまな準備が必要となります。上場までの時間を逆算し、それぞれの時期に達成すべきタスクを押さえることが重要です。
上場後のことも視野に入れてた内部統制や事業基盤を整える必要もあるため、継続的な取り組みになることを理解したうえで対応しましょう。
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よくある質問
IPOの準備には何年かかる?
企業規模や外部に対応を依頼する内容によって準備期間は異なりますが、一般的には上場申請の3~4年前から準備を開始します。
詳しくは記事内「IPOまでのスケジュールとタスク」をご覧ください。
監修 前田 昂平(まえだ こうへい)
2013年公認会計士試験合格後、新日本有限責任監査法人に入所し、法定監査やIPO支援業務に従事。2018年より会計事務所で法人・個人への税務顧問業務に従事。2020年9月より非営利法人専門の監査法人で公益法人・一般法人の会計監査、コンサルティング業務に従事。2022年9月に独立開業し現在に至る。