会計業界における「茹でガエル現象」とは?
「茹でガエル現象」という言葉をご存知でしょうか? 熱湯にカエルを入れると驚いてお湯から飛び出すけれど、冷水に入 れて少しずつ温めると、温度の変化に慣れて、生命の危機に気づかず茹で上がって死んでしまうという話です。ビジネスで、徐々に進行する環境変化や危機に対応することの難しさ、大切さをあらわす教訓として使われる寓話です。
九段会計事務所の代表、髙木功治さんは、会計業界においてはクラウド会計ソフトがこの「茹でガエル現象」に当たると語ります。「僕もずっとクラウド会計が気になっていたんです。今後はそれが業界のスタンダードになるだろうと。だから茹でガエルにならないように、だんだん温まってくるお湯からいつ飛び出そうかと思っていたんですよね。最後まで出なければ死んでしまう。とはいえ、目の前の業務に追われていると、どうしても重要度より緊急度の高い仕事を優先してしまって……」 そんな髙木さんの背中を強力に押したのが、当時20代だった女性若手スタッフ(現在は産休中)からのひと言でした。「代表、freeeは会計事務所の仕事を変えると思いますよ! ここはぜひ一度、freeeの話を聞いていただけませんか?」
彼女はfreeeが主催するセミナーに参加して、freeeの提唱するクラウド会計の世界に未来を感じてくれたのでした。
じつは、九段会計でもそれに先立つ2014年から、クラウド会計ソフトへの取り組み自体はスタートしていたのです。しかし、導入顧問先はわずか10社程度で、その後はあまり動きがない状態。というのも、髙木さんにとって当時のクラウドソフトは自動取り込み機能くらいしか利点が感じられず、いずれはスタンダードになるにしても、すぐさま事務所に変革を起こすほど差し迫った問題とは感じられなかったからです 。それも髙木さんの腰を重くしていた原因の1つでした。
ところが、女性スタッフの発言を受けて髙木さんがfreeeの説明を聞いたところ、会計という範囲だけでなく、経理・バックオフィス全体を視野に入れたクラウドERPソフトとして活用できることを発見。
「弊所は『経営支援でお客様の夢をサポートし、日本を笑顔に!』というミッションを掲げているんですが、まさにそれを実現できるソフトだと感じたんです。処理が一気通貫にでき、人為的なミスをなくすという設計理念にも共感しました。事務所にもお客様にも、全員にメリットがある。そこで、今こそクラウド会計に本腰を入れようと決意したんです」
それが今から2年前、2016年8月のことでした。
導入の最初の課題は乗り気でない人の意識改革
まず九段会計でおこなったのは「所員全員が最低1社はfreeeを導入しよう」という目標設定です。「最低1社」と聞くと簡単に思えるかもしれませんが、じつは「所員全員」がこれをやるのはなかなかハードルが高いのです。
freeeでは、会計事務所の問題や課題を一緒に洗い出して、目標達成のための弊害になっている要素を精査し、どういうステップでソフトを導入していくかを細かくサポートする「カスタマーサクセス」と呼ばれるサービスをおこなっています。今、海外でも注目が集まっているコンサルティング手法の1つです。
その「カスタマーサクセス」では、最初に会計事務所さんには関係者で目的を再度確認し、導入チームの設定をお願いします。そして、まずはそのメンバーの みがソフトの使い方に精通することを目指すのです。これなら、習熟度の高いメンバーが所内に存在することになるため、他のスタッフのサポートがおこなえて、より導入も早く、容易に進みます。
しかし、九段会計ではそのステップを踏まず、いきなり所員全員に課題を割り振ることにしたわけです。「そこには、『今後はクラウド会計が会計人としてのスタンダードになる。だったら、今のうちから全員使えるようになっておいたほうが、個人としても事務所としても成長でき、お客様のためにもなる』という髙木の強い想いがありました」と、九段会計で生産性向上リーダーを務める田中祐基さんは説明します。
しかし問題は、全員の意識とモチベーションをどう高めるかです。「事務所のなかでもfreeeを積極的に使いたい人、今までどおりに仕事したい人といますし、お客様に『会計ソフトをfreeeに変えてみませんか?』と提案すること自体、普段の業務に忙殺されるなかでは結構な障壁になります。今までのソフトと何が違うのか、その会社にとってどんなメリットがあるのかを1つずつ丁寧に説明する必要がありますから、とくにfreeeについての理解が進んでいないうちは、積極的に導入を進めようとする人とそうでない人の分断が起きていました」と田中さんが当時の状況を振り返れば、髙木さんもこう言います。「本音ではみんなね、今の状態で仕事ができているわけですから、何も精神的なストレスや余計な手間をかけてまで進んで導入したいとは思わないんですよ。でも『所長が言うから仕方ない。やろうか』というスタンスだと、本人のソフトへの理解も進まないし、1件導入し て終わり……となりがちでしょう。その乗り気でない人たちの意識をどう変えるかが最初の課題でした」
【リーダーの資質】目標を明確にする
リーダーが果たすべき役割の1つは、「今、事務所として取り組むべき施策」をつねにスタッフに訴えかけること。日常業務に忙殺されるスタッフにとって、ともすればそれは忘れがちだからです。そのためには定例会議の場を設け、全員で情報共有ができる仕組み作りを。全員が一堂に会するのが難しい場合は、スタッフ向けのメルマガを発行したり、部署ごとのミーティングで情報共有を徹底するなども。また、ときには外部のコンサルタントやコーチを活用し、考えを共有する支援を外部から得るのも非常に効果的です。
「面倒」より「便利」と感じるスタッフを見つける
では、九段会計ではどのようにして従業員の意識を変革し、目標に向かって足並みを揃えていったのでしょうか。
まずは、所長の髙木さん自ら、徹底して所内でfreeeに言及するようにしたことがあります。毎週の定例会議のたびに、所員全員にfreeeを導入する必要性・重要性を改めて説明するのはもちろん、導入の成功事例や具体的な活用方法を共 有する時間を設け、みんなの意識をつねにそちらに向けるように心がけました。
「freeeによるメリットを共有していくと、乗り気でなかった人も『そんなふうにできるなら自分もやってみたい』という発見になるので、強力なモチベーションアップになります」と田中さん。
さらに髙木さんは、導入に積極的なスタッフを見つけ、プロジェクトを任せつつ、彼らが動きやすい環境を整えていきました。面白いことに、九段会計ではとくにチームを設けたわけでもなかったのに、20代の若手スタッフが非常に熱心に導入を進め、自然と中核的な役割を果たすことになったのです。田中さんもその1人でした。
髙木さんはその動きを見逃さず、積極的に若手チームの後押しをすることで、ベテランチームからの大きな反発もなく、プロジェクトが円滑に進む下地を整えたわけです。
「導入が進まないのは、『導入して便利になる』という気持ちよりも、『面倒だ』と思う気持ちのほうが強いからです。とくにベテランになればなるほど、この傾向が強くなります。弊所では、20代の若手スタッフ4名が積極的に導入をおこなってくれました。なかには担当している顧問先のほとんどにfreeeを使ってもらっているというスタッフもいるくらい。おそらく、彼らはfreeeを導入することで得られるメリットを具体的にイメージできたんでしょう。そういうメンバーを見つけて、プロジェクトの中核を担ってもらうのが成功への近道です」
【リーダーの資質】自分の考えを発信し続ける
リーダーが果たすべき役割の1つは、「今、事務所として取り組むべき施策」をつねにスタッフに訴えかけること。日常業務に忙殺されるスタッフにとって、ともすればそれは忘れがちだからです。そのためには定例会議の場を設け、全員で情報共有ができる仕組み作りを。全員が一堂に会するのが難しい場合は、スタッフ向けのメルマガを発行したり、部署ごとのミーティングで情報共有を徹底するなども。また、ときには外部のコンサルタントやコーチを活用し、考えを共有する支援を外部から得るのも非常に効果的です。
必要なのは、自分と顧問先両方のメリット
なぜ若い世代が積極的に導入を進めたのか、髙木さんは3つの理由を分析しています。1つめは、若い世代のほうがテクノロジーに抵抗がないこと。2つめは、ベテランスタッフに比べて仕事のやり方が固まっておらず、改善点や疑問点を見つけやすいこと。3つめは、まだキャリアが浅いので、小規模の企業を担当することが多く、そうした顧問先のほうがfreeeにフィットしやすいこと。
規模の小さい企業は、業務フローがうやむやだったり、経理の人員が少なく負荷がかかっていたり、記帳は会計事務所に丸投げしていたりといったケースが多いので、企業からしても導入後のメリットが大きくなります。
また、九段会計ではスタッフが記帳代行をしなくてもいいように、入力業務のパートさんが数名いますが、場合によっては先輩の業務が優先され、若手は自分で入力せざるを得ない場面 も。freeeを導入すると、この入力の手間が省け、若手スタッフには大きなメリットになります。
つまり、担当する会社のバックオフィスの効率化と自分自身の業務の効率化、二重のメリットが得られるわけです。それによって、若手スタッフには「面倒」より「便利さ」が具体的に思い描けたのでしょう。
こうした前向きなスタッフでチームを作り、その後押しをして事務所内に成功体験を蓄積し、それによって事務所全体のモチベーションアップを図る。それが髙木さんの戦略でした。
価値観を共有できている組織は強い!
若手スタッフが導入チームと位置付けられてから、九段会計のfreee導入は加速度的に進んでいきました。「こういうとき、freeeではどうやって入力するの?」「こういう顧問先だと、freeeを導入するメリットはあるのかな?」と、他の所員の疑問に対応することで、ハードルがどんどん下げられていったからです。
さらには、九段会計がもともと持っている事務所のカルチャーも、成功要因の1つとして働きました。
「会計事務所には、一匹オオカミ的な集まりのところもあれば、フォローしあいながらやっていくところもある。うちは後者の色合いが強く、クレドを策定し、ミッションや価値観を共有しながら働くということを非常に重視しています。もともとスタッフ全員で助け合って成果を出していこうという風土なんです。ですから、田中がfreee導入に一生懸命になったのも、自分のメリットだけでなく、事務所全体のためという想いが強いんですよ。それをみんなもわかってい るから、目標に向かってうまく進められたのかもしれません」(髙木さん)
freeeを導入すれば、最初は習得コストがかかりますが、その後、軌道に乗れば従来の業務を効率化できます。すると、そのぶん顧問先の経営支援に充てる時間が捻出できるので、「経営支援でお客様の夢をサポートし、日本を笑顔に!」という九段会計のミッションへの近道になるというのが髙木さんの考えです。
日ごろからミッションやクレドに親しみ、価値観が共有できていた九段会計では、そんな髙木さんの考えも、すぐに理解してもらえました。大きな反発も生まれず目標の共有ができたのは、こうした事務所のカルチャーが下地として働いたのです。
「とはいえ、若手チームからすれば事務所のためになると思っていても、先輩には遠慮が働いて『やってください』と言いにくいこともあったりします。でも、髙木がことあるごとにfreeeというワードを出して、みんなの意識を高めてくれたのが、リーダーとしてすごく頼りになりました」(田中さん)
【チーム化のヒケツ】ミッションとクレドの策定
ミッションを設けるということは、事務所がどの方向を向いて運営されるかを明確にするということ。これを全体で共有することで、スタッフの行動のガイドとなります。九段会計ではクレドも策定し、より詳細な行動規範を示しています。若手スタッフから代表に意見具申が安心してできるのも、クレドがあるからこそ。ミッションやクレドを作ったら、スタッフ全員に行き届くよう繰り返し強調しましょう。
外部の力を借りてハードルを下げる
目標を共有することと、代表が所内でイニシアチブをとること、そしてチームの働き。九段会計で導入がうまくいった背景には、これら3つの要素がうまく噛み合った結果だと言えます。そして、その動きにひと役買ったのが、前述のfreeeの「カスタマーサクセス」でした。
「やっぱり、僕もスタッフも日々さまざまな業務で忙しいなかで導入を進めているので、時間が経つうちにだんだん最初の熱が冷めてきたりもするんですよね。そこでfreeeの担当者の方が定期的に訪問してくれて、大元の目標を思い出させてくれたり、導入のスケジュールを組んでくれるというのが、すごくいい効果をもたらしました」(髙木さん)
導入から時間が経てば経つほど、当初の目標を見失ってしまったり、スタッフによって抱く目的が違ってきてしまったりするのはよくあることです。そのとき、いかに全員の共通目標をブレずに維持できるか。それによって、その後の成果が変わってくるのです。
また、チームを率いる田中さんは、カスタマーサクセスの恩恵として、「チームのフォローも細かくしていただけますし、freeeの改良点や新機能の使い方といった情報共有も丁寧に説明していただけるので、すごくありが たかったです」と語ります。
導入チームは自分の日常業務をこなしながらfreee導入の音頭をとっているので、カスタマーサクセスによって負荷が少しでも軽減できれば、よりスムーズに動けるようになります。所内での努力だけでなく、外部の力も借りて、障壁を1つでも2つでも減らしていく。それも、新しい挑戦をするときには必要な措置でしょう。
こうして九段会計では、当初の「所員全員が最低1件はfreeeを導入する」という目標をクリアし、その後はわずか1年で100件もの導入を実現したのです。
ベテランと若手所員それぞれの役割分担を
しかし、九段会計にもまだ課題がないわけではありません。
「現在は若手の成功に触発されて、ベテランスタッフたちもfreeeの習熟度が高くなりました。とくに新規案件の場合は最初からfreeeをおすすめするなど、ポジティブに導入を進めています。しかし、一から導入するときに全員が自信を持って進めていけるかというと、そこまではいっていない。それには提案力や業務フローの図解化、クラウドソフト同士の連携といった、税務以外の知識が必要ですから、やはり自信はありませんよ。今のところは最低限の習熟度は全員がクリアしているので、今後はそのレベルをどう上げていくかが課題かなと思っています」(髙木さん)
とはいえ、全員が全員、freee導入のプロにならなければいけないわけではないと言います。
「ベテランの方にはスタッフのマネジメントなど、若手とはまた違った職域がありますから、必ずしも全員がお客様に提案しに行ったり、初期設定ができるようにならなくてはいけないというわけではないんです。そこは導入チームで補佐していけばいい。そのためのチームです。導入する顧問先の選定も、チームで所員全員をヒアリングしながら、『この会社なら導入するとメリットが大きいんじゃないか』とアドバイスしながらおこなっています」(田中さん)
とくに急成長の会社は、売上や規模はどんどん大きくなりますが、バックオフィスなど管理部門の整備は後回しになりがちです。人材も足りないうえ、制度も不完全で、それぞれが場当たり的に仕事をこなすので、なかには誰も全体像を把握できていないという会社も。
そういう会社ではfreeeを基幹システムとして使って、バックオフィスを合理化することができます。しかし、そうやってERPソフトとして活用しようとすればするほど、税理士・会計士の仕事からかけ離れてくるのも事実。業務フローを一から描き直し、他のクラウドソフトとの連携も考えつつ導入するのは、なかなか骨の折れる作業です。
だからこそ、ベテランはベテランとして、若手は若手として、それぞれが得意なジャンルで持てる力を発揮すれば、組織としてより成果を出しやすくなる。こんなところにも、九段会計の助け合いの風土が生きていました。
【リーダーの資質】チームを信頼する
チームを作ったら、リーダーは彼らの力量を信じて任せる度量が必要です。チームの具体的な動き方は彼らに任せ、リ ーダーはマネジメントに邁進しましょう。出進捗状況の確認や困っていることがないかを気にかけ、彼らが自由に動けるようにリーダー自らがチームを応援している姿勢を見せます。そして、チームメンバーの新しいトライや成果に目を向け、褒めたり次に繋がるフィードバックを発信していくことが大切です。ちなみに九段会計の場合、クレドが浸透していたからこそ、チームの働き方にはまったく不安がなかったそう。普段からミッションやクレドがあれば、チームはより安心してチャンレンジできるのです。
「ずっと働き続けたい」と思えるような事務所を作る
さて、100件の導入によってノウハウが蓄積された九段会計では、現在は4名の導入チームを中心に、より売上規模の大きい会社、日々現金がたくさん動く会社といったステップアップした企業にも自信を持って取り組めるようになりました。
たとえば、これまで記帳代行を請けていた顧問先に対して、工数削減をしながら自社で記帳できるように自計化指導したり、担当者の退職によってブラックボックス化していた経理に業務フローを作成し、「経理の見える化」をしたりと、顧問先企業の仕組みそのものによい変化を与え、感謝されています。
こうしたノウハウの蓄積は、髙木さんにとっても、事務所を拡大していく自信を与えてくれました。現在は正社員20名弱の事務所ですが、それを今後は50人、100人と増やしていくことを目指しているそうです。
「さらにfreeeの導入で業務の効率化を図り、1人当たりの売上額を増加させれば、所 員の収入を上げることも可能だと思っています。みんながやりがいのある仕事をして、お客様からも感謝され、きちんと報酬を得て、この事務所でずっと働き続けたいと思えるような事務所作りを目指していきたいです」(髙木さん)
【チーム化のヒケツ】仕掛けを作る
目標やミッションが絵に描いた餅とならないためには、その組織の特性や現状に応じた仕組みや工夫を取り入れることが重要です。九段会計の導入チームは、自分の日常業務に加えてfreee導入業務もおこなうため、どうしても負荷が高くなりがちでした。そこで、freeeの担当者との質疑応答を全従業員のグループ上でおこなうことで、ナレッジを同時共有できる仕組みを取り入れ、チーム全体の負荷を下げる工夫をしています。また、freeeの習熟度テストを独自に作成し、メンバーの習熟度ごとに効果的な対応をおこなうことで、個々のペースに応じた習熟度向上を目指しています。九段会計のように、普段から他者を助けた人を褒めたり、他者に助けを求めることが奨励される組織土壌を形成しておくと、よりチーム化がしやすいはずです。
税理士法人 九段会計事務所
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住所:東京都千代田区九段南4-3-1滝ビル3F
Tel:03-3222-5271
2003年設立。「経営支援でお客様の夢をサポートし、日本を笑顔に!」をミッションとして、経営者の目 線や立場に立って一緒に悩み、考える姿勢を大切にしている。目指すのは、経営者が何でも相談できる「社内CFO」。