スマホで請求書発行 直感的に使うためのアプリ開発プロセスとは
クラウド会計ソフトfreee会計は、iOSアプリで請求書や見積書、納品書を発行・送付できるサービスの提供を開始した。この機能により、パソコンを使わずにスマホだけで請求書発行、送付が可能に。さらに入金チェックや仕訳など、経理作業まで1つのアプリで完結できる。個人事業主や小規模法人にとって非常に便利なサービスだ。
なぜこのような機能をリリースしたのか。開発の経緯や使い方、ユーザーからの反響などについて、開発プロジェクトの中心メンバーである小暮貴大と藤井浩平に話を聞いた。
スキマ時間を有効活用 経理が簡単になれば、経営にもプラスの効果が
――今回リリースされた機能について、開発の経緯をお聞かせください。
小暮:freee会計のiOSアプリは入力に特化していまして、レシートを撮影して仕訳ができる機能、銀行口座やクレジットカードを同期して簡単に入力する機能などを搭載してきました。が、請求書を作成するには、iPhoneやiPadユーザーはパソコンを使って請求書を作成する必要がありました。入金に関しても、銀行のアプリを立ち上げて請求書と照合するなど、サービスをまたぐ必要があり不便な状況だったんです。
個人事業主や小規模法人は、経理も自分で処理する場合が多いですよね。本当は営業活動やクリエイティブな仕事に時間を使いたいのに、わざわざパソコンの前で請求書を発行するのは効率的ではありません。
実際、freeeのユーザーからも「iOSアプリで請求書を発行したい」という声が多く届き、出先や移動中でも簡単に操作できるような機能を開発しました。
――ユーザーはどういう業種の方が多いですか?
小暮:業種でいうとサービス業やコンサル、税理士、会計士の方などが多いですね。あとは建築系とか。
藤井:大工の方が個人事業主として働いているケースも多いです。でも、なかなか建築現場にパソコンを持っていけないですよね。働いた分に応じて請求書を出す場合、スマホで操作できれば現場で済ませられますし、わざわざ家に帰ってからパソコンを開く必要がありません。このアプリを使えば、出先や電車の中でも請求書を発行し、メールで送付できます。
――「スキマ時間を有効に活用したい」というニーズがあった、と。
小暮:そうですね。とくに個人事業主だと、普段の経費入力が大変で、確定申告前にまとめてやる方が少なくない。本当は毎週、もしくは毎月入力するほうがいいし、定常的に入力することで状況を把握しやすくなります。たとえば「もっと注文を取ったほうがいい」とか「この仕事は受けるべきじゃない」とか。経理を簡単に済ませることは、経営的にも意義が大きいはずです。
他社のサービスでは、請求書と会計の業務が分かれています。でもfreeeのアプリでは、請求書を発行するとそのまま取引が登録され、入金確認すれば情報も更新されます。請求書の発行と会計業務が一気通貫で繋がっていることが大きなポイントなんです。
<請求書発行>
<消込>
マニュアルを見なくても、なるべく直感的に使えるような工夫を
――開発する中で苦労した点や、こだわったポイントはありますか?
小暮:スマホは画面が小さいので、なるべく直感的にわかるように、かつ入力回数やタップ数を減らすよう意識しましたね。
「使おうとしたけど、やっぱり難しそうだからやめた」というのは避けたかったので、ユーザーテストを実施するなど、なるべく使いやすい形にこだわりました。
――ユーザーテストとは、具体的にどのような内容なのでしょうか?
小暮:普段iOSを使っているfreeeユーザーをお呼びして、開発途中のアプリを実際に触っていただきました。あらかじめ用意したお題に沿って操作していただき、スムーズに完了できるかどうか確認するためです。
ユーザーの話を聞く係と、メモをする係が随時確認しつつ、実際に触っていただいている様子を撮影。別室にいる社内の開発スタッフがその動画をリアルタイムで見ながら意見交換しました。
――動画で撮影して他の場所で見るのは、何か理由があるのでしょうか?
小暮:テスト現場にスタッフが多すぎると、被験者であるユーザーも圧迫感を感じてしまいますよね。現場にいるのは2名ほどにして、他のメンバーはオンラインで画面を見ながら議論し合う形式にしているんです。マニュアルを見ずに、感覚的にどれだけ操作できるか。どのポイントでつまずいてしまうのかを動画を見ながら細かくチェックしました。
――ユーザーテストの結果、どういう点が改善されたのでしょうか?
小暮:たとえば請求書って、左上に宛先、右側に社名や個人名、その下に請求内容といったフォーマットが決まっていますよね。でもアプリだと、「いま入力した項目がどこにどう反映されるのが分かりにくい」という声が多く挙がりました。
そこで、なるべく直感的に分かるような言葉にしたり、編集中に実際の請求書をプレビューで見られるようにしたりといった工夫を加えました。あとは消費税や源泉徴収税の有り・無しなども分かりにくかったので、なるべく迷わず入力できるように改善しました。
――ユーザーがいつも操作している感覚に合わせて、使いやすい設計にしているということですね。
藤井:たとえばパソコンとスマホでも、開発の方向性がかなり違ってきます。画面が狭い中で、どうやって数字や勘定科目をきれいに表示すればいいか。そこは難しいポイントでした。
あと、パソコンだと税区分など細かいメニューを用意していますが、スマホだと簡易的な入力が多いだろうと想定しました。ユーザーが混乱しないよう、細かい機能はあえて隠しておくなどの工夫もしています。
――ほかに苦労した点はありますか?
藤井:アプリとしてどういう方向で開発していくのか、議論を重ねました。というのも、会計アプリは大きく分けて「見る」系と「入力」系の2つがあり、試算表や月次推移などレポートを充実させる方向はまだまだやることがたくさんあるんです。
でも実際には「なぜこの金額なのか?」、「数字が間違っているから直したい」という要望が必ず出てきます。また小規模法人だと、月の売上や経費の本数も少ない。その点でいうと、レポートよりも入力をとにかく楽にするほうがいいだろう、と考えました。
スマホで会計業務をおこなう概念がまだ浸透していない中での開発だったので、どうやって道を切り開いていくかという苦労はありましたね。
小暮:freeeのユーザーからの問い合わせは、確定申告前の1~3月に集中します。その対応や改善もしつつ、今回の開発を並行して進めなければいけなかったので、うまくバランスをとるのが大変でした。
――freeeにはAndroid版のアプリもありますが、iOS版とはどのような違いがあるのでしょうか?
小暮:アプリでできる機能は同じなのですが、見せ方に違いがあります。たとえばボタンの配置でいうと、iOSの場合は右上、Androidだと下がいい。
藤井:Androidは「戻る」ボタンが下の方にありますが、iPhoneだとスワイプで戻ります。「戻る」の手順だけでも、根本の設計が違うんですよね。それぞれ推奨しているデザインが異なるので、それに準拠して制作しています。
経理を家計簿感覚で処理できるようにしたい
――リリース後、ユーザーからの反響は?
小暮:「請求&会計処理がスマホだけで完結できて、すごく助かりました」という声は多いですね。Twitterでも「電車に乗っている間に入力できた」、「スマホで請求書が発行できて感動した」など、良い反響をいただいています。
藤井:今回のサービスは、家計簿アプリと同じようなメリットがあると考えています。家計簿を付けるとき、昔は紙やExcelを使うことが多かったですよね。でもいまはアプリが主流になっています。
パソコンのほうが画面も広くて入力しやすいけど、わざわざパソコンを開くのは面倒くさいというハードルがあります。結局、身近にあるものでどれだけ早く処理できるかが本質的な利便性であり、開発当初から大事にしている理念なんです。
――今後、バージョンアップの予定はあるのでしょうか?
小暮:最初のリリースまでに搭載できなかった機能に関しては、随時修正を行っています。たとえば請求書なら、1行ごとの項目に対して売上、値引き、源泉徴収税などがありますよね。その項目切り替えが分かりにくいという意見をいただいたので、なるべく直感的にタブを切り替えられるよう修正しました。あとメールアドレスが手入力だったので、アドレス帳から連絡先を取り込める機能も実装しました。
――freee会計全体としては、今後どのように開発を進めていく予定でしょうか? ビジョンをお聞かせください。
小暮:経理作業を家計簿感覚で処理できるようにしていきたい、という思いは強くあります。モバイルだけで経理が完結できれば効率化につながりますし、経営状況の確認もしやすくなると思います。そのぶんユーザーは、本来の事業活動にフォーカスできるはずです。
藤井:開発については、とにかく「ユーザーの話を聞こう」と毎日言っていますね。「その機能ってユーザーにとって本当に価値があるの?」と常に議論しています。
小暮:大きい会社だと、開発、営業、マーケティングと分断されていることも多い。でもfreeeでは、開発以外のメンバーもユーザーの話を聞きに行きますし、ビジネス側からのフィードバックもふまえて一緒に作っています。ユーザーの声をていねいに拾いながら、さらに使いやすいアプリを目指していきたいですね。
(取材・執筆:村中貴士 編集:阿部綾奈/ノオト)